今を生き生きと vol.17
『企業関連ならずして国は強くならず、国弱くして企業は世界で戦えず』
テレビドラマにもなった司馬遼太郎の『坂の上の雲』の出だしは、「まことに小さき貧しい国が開化期を迎えようとしている」です。当時の日本は小さい国ではあったが、大志を抱き、貧しい国ではあったが自立心を失わず、遅れた国ではあったが進取の精神に満ちあふれていました。
政治学者の故・高坂正堯氏は、「『国を想う心』に目覚め、『自立心にあふれる』明治の人々の『気概ある楽天主義』が、欧米列強の脅威を跳ね返し、近代国家としての国力を高めていった」と分析しています。
それから百数十年経た今日、「まことに大きく豊かな国が落葉期に怯えているかのようだ」と表現される状況になっているのは悲しいことです。大きな国であるが小心になり、豊かな国であるが自立心を失い、先進国であるものの内向きに閉じこもり、国家意識と安全保障意識を薄れさせ、単に「将来への悲観主義をはびこらせている」ように見えます。明らかに、Gゼロ時代に入って、日本の国力の衰えが顕在化してきています。国力が衰えれば、日本企業の国際競争力にも陰りが生じます。憂うべきことです。
『グローバルに開かれたナショナリストであり、自立心を持った企業人たれ』
近代国家の特徴であるネーション・ステートにおいて、国力の根っこには、健全な「国を想う心」があります。そして、国に過度に依存しない「経済的自立心」も不可欠です。
民族・言語・歴史・文化などを共有する共同体である「ネーション」が自然な感情として生み出す「国を想う心」のエネルギーは強力です。その想いを汲み取って、政治的権力と法的権威を持つ国家機構である。「ステート」が国の財政・外交を賢明に運用すれば、国に富を生み出す勢いが生まれます。逆に、国を想う心を忘れ、自立心を欠いた国民の甘えに応えて富をばらまくポピュリズムに走れば、国はやがて衰退していくといわれています。
真に国を想わぬ人は、えてして国に過剰な財政依存をしようとします。そうした経済的自立心の欠如が国力を弱めます。かつてのローマ帝国は没落階級の若者たちのパンとサーカスの要求に応えた結果、財政破綻で倒れました。
今の日本を見ると、「高齢者への社会保障支出で財政破綻した」といわれかねない状況です。
手厚く保障される権利を主張する「市民」は増えたものの、自立するための努力義務を負う「国民」がいなくなったようにすら思えます。日本企業は、いったいどれだけの社会保障費を負担させられることになるでしょう。
野中 郁次郎著 ナレッジ・フォーラムより抜粋